小さな男の子が早足で道を歩いています。だって今日は、隣町で素敵なパーティーがあるのです。
『いいかい、戸を叩いたらこう言うんだよ。お菓子をくれなきゃイタズラするぞ!』
男の子はお家のお婆さんに教えられた事を、何度も練習します。腕には大事に抱えた真っ黄色のカボチャが一つ。お空には薄く三日月が掛かり始めています。この道の先にある森を抜ければ、町はすぐです。
男の子がステップ踏んで歩いていた頃、ぶすっとした顔で隣町の様子を眺めているのがいました。青いマントを羽織った、銀の髪の少年です。
「トールってば、何がそんなに気に入らないのさ」
箒を持ったフレイが尋ねます。
トールは、ぼそっとした声で「別に」と言いました。
「掃除する意味あんのか、こんなボロ城」
「家を綺麗にするのが仕事だもの。明日は石を磨かなくっちゃ」
フレイは張りきりますが、考えてもみて下さい。誰も近寄らない古いお城。蜘蛛の巣の一つや二つある方が、ずっと「らしい」のです。でもフレイは掃除が大好きです。お客さんがいつ来てもいいように、いつもきちんと整えています。
にこにこ笑う彼を見て、トールは益々面白くありません。立て札を立ててみても、お城の周りに咲く花を集めて飾ってみても、訪れてくれる人は一人もいません。みんなお城なんて無視して行ってしまいます。声を掛けようとしても、何故だか何か言う前に逃げられてしまうのです。
今日は森を通る人が随分多くて、誰かは入ってきてくれるかも、と淡い期待をしていたのですが、それが全て隣町を目指していると分かって、嫌な気分でした。
「お祭りだからね。みんな仮装したりして楽しそうだよ」
「お祭り…」
鳥も木も眠る時間だというのに、賑やかに騒ぎ立っているのはそのためです。へぇ、と窓に向き直ったトールが、にやりとしました。
「ちょっと行ってくる」
「え、」
フレイが瞬きする間に、トールは窓からさっさと降りてしまいました。もちろん高さはビル五階ほどありますが、ビルなんてありませんのでそれぐらい高いという事でおいておきます。
「気をつけてねー」と間延びした声でフレイはそれを見送り、ビロード地の床敷きを敷いた部屋の中にぽつんと横になっている棺桶に叩きをかけました。ラズ、朝だよ、などと嘘つきながら。
ほとんど飛ぶように森を行くトールには考えがありました。そう、どんなお祭りか知りませんが、忍び込んでやろうと思ったのです。そうして夜も更けた月の下で、これやいかにと正体を現してみせたなら、みんなはどんなに驚くでしょう。何せそのお祭りでは、自分達の姿を真似たがる人間もいるというのですから、上手くいけば喜んでお城に来てくれるかもしれません。赤や黄色の光が、もうとても近くにあるような気がして、胸が弾みました。でも。
「…なんだろう?」
せっかく風に乗りかけた足を止めてしまいました。小さなしゃくり声が聞こえたからでした。きょろきょろ辺りを見回しますが、姿がありません。声は隣町とは正反対の方向から聞こえてきます。両耳をぴくぴくさせて、トールは唸りました。楽しそうな音楽は左の方から聞こえてきます。悲しそうな声は右の方から聞こえます。
悩み悩んで、頭を掻きむしり、冷たい空気をマントで切りました。
声の主は、道を外れた中にいました。
リボンを巻いたような模様の変な帽子を被った子供が、半ベソかいています。男の子は風のように突然現れたトールを見て、目をぱちくりさせました。
「どうし」
た、と尋ねたのがスイッチになり、子供はびえええええええっと泣き始めました。その泣き声の大きさたるや、トールがたじろぐほどです。
「み、道、迷って、う、うええぇぇぇぇ」
解読すると、つまり、この子は道を間違えてしまったようです。庭同然の森で、真夜中も目の利くトールが迷う事はありませんが、なるほど、人間なら迷うかもしれません。よくよく見ると、この服装、町のお祭りに行くつもりじゃないでしょうか。
ですが、子供は首を振りました。
「お菓子、もらえなかったの。イタズラするって言ったのに、もらえなかったの!」
それで悲しくなって、帰ってきたのだと言います。
どうしてイタズラしたらお菓子をもらえるのか、葉っぱを部屋の中で踊らせてはフレイに拳骨を喰らうトールには理解出来ませんが、
「菓子、欲しいのか?」
両手を合わせて、
パッ!
ぱら、ぱら、ぱらり。
きれいな紙に包んだ飴が、次々に降ってきます。
「やる。お前何処から来た」
びっくりした子供が目を白黒させながら自分の町の名前を言うと、今度は地面の小枝や枯れ葉がサッと左右に開いて、細い筋が出来上がりました。その筋は星の粉をかけたようにきらきらと輝いていました。
「この上歩いていけば帰れる。じゃあな」
マントを翻したトールの目が、にわかに細くなりました。町の明かりが一つまた一つと消えていきます。お祭りはもう終わりのようです。
マントをくいっと引っ張られ、まだ用があるのかと子供に目をやると、そこには黄色い物が差し出されていました。
「これあげる」
「?」
「今度は一緒にイタズラしようね」
子供はまだ鼻をすすっていましたが、でもとっても明るい笑顔をして、手を振って筋の上を走っていきました。
「あれぇ、かぼちゃ?」
そのお祭りはもうちょっと先じゃなかったっけ、とフレイが言います。花を飾り直した客室は、今日も空っぽでした。
「もらったんだ」
ギザギザにくり抜いたへんてこりんな顔。仲間にだって、こんな顔の奴はいません。完全夜型の、月色の髪の青年がやっと起きてきて、ぼうっとした目でトールの抱えている物を見ました。
「…晩ご飯…」
「君のは別でしょ。あーあ、なんか眠いや。僕もう寝るね」
フレイが出ていくと、ラズはトールの傍に手を付いて、窓から外を眺めました。灯っているのは、空の星だけです。
「人間の子供かい」
トールは頷きました。どうやらこのかぼちゃは、次のお祭りで使われる物のようです。こつんと叩いた音が耳をくすぐります。
(また来るかな)
たくさんは話せなかったし、お互い顔もはっきりとは見えませんでしたが、これを持っていればあの子は気付いてくれるでしょうか。もし気付いてくれるなら…
☆Trick or treat!☆
2007.10.31.Halloween.
*フリー配布は終了いたしました。*